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私がプロペシアを飲み始めた日のこと
私が、鏡の前で、自分の生え際の後退を、明確に認識し、認めざるを得なくなったのは、30歳の誕生日を目前にした、ある日のことでした。M字型に、静かに、しかし確実に、進行していく薄毛。それは、私の自信を、日に日に、蝕んでいきました。市販の育毛剤を、気休めに振りかける日々。しかし、進行は止まりません。私は、意を決して、生まれて初めて、AGA専門クリニックの扉を叩きました。医師は、私の頭皮の状態をマイクロスコープで確認し、そして、私の家族の髪の歴史を尋ねた後、静かに、しかしはっきりと、こう告げました。「典型的な、男性型脱毛症ですね。でも、大丈夫。今から始めれば、進行を食い止められますよ」。そして、処方されたのが、「プロペシア」でした。小さな、肌色の錠剤。これが、私の運命を変えるかもしれない、魔法の薬なのか。私は、期待と、そして、副作用への、かすかな不安を胸に、その日の夜から、服用を開始しました。飲む時間は、忘れにくいように、毎晩、寝る前の歯磨きの後、と決めました。最初の数週間は、正直、何も変化はありませんでした。それどころか、治療開始後1ヶ月が経った頃には、いわゆる「初期脱毛」が始まり、シャンプーの時の抜け毛が、以前よりも増えたようにさえ感じました。心が折れそうになりました。しかし、「これは、効いている証拠だ」という、医師の言葉を信じ、私は、ただひたすら、毎日、その小さな錠剤を、水と共に飲み込み続けました。変化の兆しが、ようやく現れ始めたのは、服用開始から、3ヶ月が過ぎた頃でした。朝、枕についている抜け毛の数が、明らかに減っている。そして、生え際の、後退していた部分に、指で触れると、チクチクとした、短い、しかし力強い、産毛の感触があったのです。その小さな感触が、私に、どれほどの勇気と、希望を与えてくれたことか。あの日、クリニックの扉を叩いて、本当に良かった。プロペシアを飲むという、毎晩の小さな習慣は、私の髪だけでなく、失いかけていた自信をも、少しずつ、取り戻してくれているのです。