我々専門医が、AGA治療において「治療薬での改善は極めて難しい」、つまり一般的に言われる「手遅れ」に近い状態だと判断するには、いくつかの明確な基準があります。それは、患者様ご本人が見た目で感じる印象とは、必ずしも一致しません。まず、最も重要な診断基準となるのが、マイクロスコープによる頭皮の観察です。何百倍にも拡大して頭皮を見た際に、薄毛が進行している領域の毛穴が完全に閉じてしまい、瘢痕化している場合です。皮膚がツルツルになり、髪の毛の元となる毛包組織そのものが消失してしまっている状態では、残念ながらAGA治療薬が作用する対象が存在しないため、薬による発毛は期待できません。次に、その「ツルツル」の状態がどのくらいの期間続いているか、という問診も重要です。例えば、10年以上も前から産毛すら生えない状態が続いている場合、毛母細胞が完全に活動を停止している可能性が非常に高いと判断します。AGAは進行性の脱毛症ですから、放置された期間が長ければ長いほど、毛根へのダメージは蓄積され、不可逆的な変化に至りやすくなるのです。また、患者様のご希望と、医学的に可能な回復レベルとの間に大きな乖離がある場合も、「ご希望に沿うのは難しい」という意味で説明を尽くす必要があります。例えば、広範囲にわたって薄毛が進行している方が、治療薬だけで20代の頃のようなフサフサの状態に戻りたいと希望されても、それは現実的ではありません。治療のゴールは、あくまで残っている毛根の力を最大限に引き出し、現状を維持・改善することにあります。しかし、ここで強調したいのは、たとえ治療薬での発毛が難しいと判断された場合でも、全ての希望が絶たれたわけではないということです。AGAの影響を受けにくい後頭部の自毛を移植する「自毛植毛」という、非常に有効な外科的治療法があります。手遅れだと悲観するのではなく、ご自身の状態に合った最適な解決策が何かを、我々専門家と一緒に探していくことが大切なのです。
専門医が語るAGA治療が「手遅れ」と判断される時